ジェンナー先生の名誉回復のために。
本日2本目の記事なのですが
早急に書きたいと思って書いています。
皆さんも最近の新型コロナ騒動で
エドワード・ジェンナーの名前を聞かれたことがあるかと思います。
エドワード・ジェンナーはイギリスの医学者で
近代免疫学の父とも言われている人で
種痘法(天然痘の予防法=ワクチン)の開発者です。
新型コロナのワクチン開発が望まれている中で
ワクチンとは何か
ということと絡めて紹介されることが多いです。
今日のテレビ番組
「緊急SP生!池上彰×山里亮太」をちょっとだけ見ていたら
たまたま池上さんがジェンナーを紹介していて
その中でとても不名誉な内容がありましたので
訂正したいと思います。
池上さんはジェンナーの紹介の中で
「最初にワクチンを打ったのは
自分の息子であると学校で習ったが、
実は使用人の息子で
安全性が確認されてから自分の息子に打った。
明治のころの修身の教科書から紹介されてきたけれど
知らない方がよかった話ですね。」
というように
あたかもジェンナーが悪者であるかというように言っていたのですが
それは印象操作であって
実際には違うと思います。
ジェンナーは酪農地帯の田舎から
都会の有名なジョン・ハンター医師のもとに勉強しに来た医学実習生でした。
当時はしばしば天然痘が流行しており
悪ければ死にますし(致死率20~50%)、
運よく助かったとしても皮膚に酷い痘痕(あばた)が残っていました。
この天然痘から命を守るために
天然痘にかかった人の膿やかさぶたなどを
健常者に接種する方法(=人痘法)が紹介されると
イギリスの上流階級の人々は人痘法を受けましたが
重症化して死亡する人も2~12%(文献によって違う)くらい出ました。
人痘法をイギリスに紹介し広めたのは
オスマン帝国駐在大使の妻、メアリー・モンタギュー夫人です。
そのころ、オスマン帝国(今のトルコ)では人痘法による予防接種が行われていました。
現代社会では
医薬品会社でワクチンの大量製造が可能ですが
当時は天然痘にかかった人の膿やかさぶたを取るのですから
大量生産は出来ませんので
予防接種を受けられる人は上流階級の人に限られました。
その当時、
「酪農地帯の娘は都会の娘に比べて美人が多い」とか
「牛痘にかかった人は天然痘にかからない」という言い伝えがありました。
牛痘は牛がかかる病気で
皮膚に腫れや膿のようなものが出来ますが、
乳しぼりの娘さんがその膿に触ったりすると
発熱や発疹が出るもののすぐに回復するというような症状でした。
「酪農地帯の娘は都会の娘に比べて美人が多い」と言うのは
酪農地方の娘さんは天然痘にかかっても(抗体があって)軽度で済むので痘痕ができずに
都会の娘さんは天然痘にかかるとひどい痘痕が残る
ということのようです。
牛痘は、今でいうところの「人獣共通感染症」の一つですね。
ジェンナーはこれを天然痘の予防に使えないかと考えていました。
その後、ジェンナーは田舎に帰って
開業医として生活していましたが
長男エドワード・ジュニア(8歳くらい・追記あり)の子守の女性が
軽度天然痘(豚とは関係ないですが豚痘という名前)にかかったので
この軽度天然痘から人痘を作り
長男とその友達など数人に接種しました。
子どもたちは軽症で回復したそうです。
この軽度天然痘については、その後文献が無いので
研究対象にならなかったようです。
(追記)
別の記事ではエドワード・ジュニアは2歳以下の幼児だったと書かれていました。
ジェームズ・フィップス少年が8歳くらいだそうで混同しているのかも。
ジェンナーは牛痘の研究を続けていて
長男の出来事から8年くらいたって
ジェームズ・フィップス少年に牛痘から採取した予防法を試します。
これが、世界で最初のワクチンです。
ワクチンとは雌牛のラテン語に由来した造語です。
牛痘による天然痘ワクチンを接種されたフィップス少年に
今度は本物の天然痘を接種させましたが
発病せずにすみました。
フィップス少年は使用人の息子とも言われていますが
私の調べたところ
親のいない使用人という記載もあります。
(追記)また別の記事を見ると、
実験のために孤児院から引き取られた少年という説もありました。
種痘法をさらに試したいと思っていたジェンナーですが
その2年後に牛痘が手に入ったので
8人の子どもたちにワクチンを投与しています。
その中には生後11か月の次男ロバートもいました。
池上さんが「安全性が確認されてから自分の子どもにワクチンを打った」
と言っていたのは
ロバートのことを言っているのでしょうが
ニュアンスが違うのではないかと思います。
長男に天然痘ワクチンを接種しなかった理由は
もうすでに天然痘の抗体を持っていたからです。
フィップス少年に打った時には次男は産まれていませんでした。
そもそもロバートに打った時にも
世間的に安全性が確認されていたとは言い切れず実験段階でした。
それでも天然痘ワクチンは、人痘法に比べればはるかに安全な方法でした。
天然痘ワクチンが広く世間に受け入れられるには
相当な時間を要します。
後世のルイ・パスツールが頑張って
予防接種という概念を広めたおかげです。
(追記)ワクチンと命名したのもルイ・パスツールだそうです。
牛痘からできた天然痘ワクチンの成果を調べるために
比較対象として人痘法も同時に行っているそうですので
天然痘ワクチングループと人痘法グループとで
安全性に違いがあり、
もしかしたら人痘法の副作用で亡くなった子どもがいたかもしれません。
ジェンナーの実験には主に孤児院の子どもたちが採用されました。
上流階級しか受けられなかった人痘法を
孤児の子どもたちに試すことが悪いことだとも思えません。
孤児や貧しい人たちに
積極的に天然痘ワクチンを打っていたそうです。
人道的な意味か、研究なのか知りませんけれど。
ジェンナーの種痘法が広まるまでには
紆余曲折がありました。
中には「牛痘を摂取すると牛になる」と言って
嫌悪感を抱く人も多かったそうです。
そうこうしながらも天然痘ワクチンは全世界に広まり
世界から天然痘という病気は無くなり
1980年WHOが天然痘撲滅宣言を出しました。
天然痘は、人に感染する感染症としては
人類史上はじめて根絶に成功しましたし、
根絶できた唯一の感染症でもあります。
余談ですが、現在でも研究機関には天然痘ウイルスは保存されています。
余談その2。
ジェンナーの種痘法で使用されたウイルスは
天然痘ウイルスとも牛痘ウイルスとも違うことが判明しており
長い間議論されてきましたが、
2013年にゲノム解析でモンゴル地方に住む馬の馬痘とほぼ同じと判明しました。
つまり、牛痘ではなく牛に感染していた馬痘だったようです。
ジェンナー自身も牛の膝に感染した馬由来のものと考えていたそうです。
余談その3。
ジェンナーは鳥の生態にも精通していて
カッコウの托卵や鳥の渡り(それ以前は冬眠すると思われていた)などの
研究結果もあるそうです。
ということで、
ジェンナー先生の汚名返上、名誉回復に役立ったでしょうか?
自分の息子を大事にかばったのではなく
どちらかと言うと
研究のために自分の息子を実験に使用しているので
ジェンナーの妻の立場だったら
相当腹立たしい夫だと思いますが
研究者としては立派だと思います。
ネットなどでいろいろ調べて
まとめていますが、
図書館が開いたら
ジェンナー先生の伝記なども読んでみたいと思います。
でも、伝記の中にも間違った情報が載っているらしいです。

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早急に書きたいと思って書いています。
皆さんも最近の新型コロナ騒動で
エドワード・ジェンナーの名前を聞かれたことがあるかと思います。
エドワード・ジェンナーはイギリスの医学者で
近代免疫学の父とも言われている人で
種痘法(天然痘の予防法=ワクチン)の開発者です。
新型コロナのワクチン開発が望まれている中で
ワクチンとは何か
ということと絡めて紹介されることが多いです。
今日のテレビ番組
「緊急SP生!池上彰×山里亮太」をちょっとだけ見ていたら
たまたま池上さんがジェンナーを紹介していて
その中でとても不名誉な内容がありましたので
訂正したいと思います。
池上さんはジェンナーの紹介の中で
「最初にワクチンを打ったのは
自分の息子であると学校で習ったが、
実は使用人の息子で
安全性が確認されてから自分の息子に打った。
明治のころの修身の教科書から紹介されてきたけれど
知らない方がよかった話ですね。」
というように
あたかもジェンナーが悪者であるかというように言っていたのですが
それは印象操作であって
実際には違うと思います。
ジェンナーは酪農地帯の田舎から
都会の有名なジョン・ハンター医師のもとに勉強しに来た医学実習生でした。
当時はしばしば天然痘が流行しており
悪ければ死にますし(致死率20~50%)、
運よく助かったとしても皮膚に酷い痘痕(あばた)が残っていました。
この天然痘から命を守るために
天然痘にかかった人の膿やかさぶたなどを
健常者に接種する方法(=人痘法)が紹介されると
イギリスの上流階級の人々は人痘法を受けましたが
重症化して死亡する人も2~12%(文献によって違う)くらい出ました。
人痘法をイギリスに紹介し広めたのは
オスマン帝国駐在大使の妻、メアリー・モンタギュー夫人です。
そのころ、オスマン帝国(今のトルコ)では人痘法による予防接種が行われていました。
現代社会では
医薬品会社でワクチンの大量製造が可能ですが
当時は天然痘にかかった人の膿やかさぶたを取るのですから
大量生産は出来ませんので
予防接種を受けられる人は上流階級の人に限られました。
その当時、
「酪農地帯の娘は都会の娘に比べて美人が多い」とか
「牛痘にかかった人は天然痘にかからない」という言い伝えがありました。
牛痘は牛がかかる病気で
皮膚に腫れや膿のようなものが出来ますが、
乳しぼりの娘さんがその膿に触ったりすると
発熱や発疹が出るもののすぐに回復するというような症状でした。
「酪農地帯の娘は都会の娘に比べて美人が多い」と言うのは
酪農地方の娘さんは天然痘にかかっても(抗体があって)軽度で済むので痘痕ができずに
都会の娘さんは天然痘にかかるとひどい痘痕が残る
ということのようです。
牛痘は、今でいうところの「人獣共通感染症」の一つですね。
ジェンナーはこれを天然痘の予防に使えないかと考えていました。
その後、ジェンナーは田舎に帰って
開業医として生活していましたが
長男エドワード・ジュニア(8歳くらい・追記あり)の子守の女性が
軽度天然痘(豚とは関係ないですが豚痘という名前)にかかったので
この軽度天然痘から人痘を作り
長男とその友達など数人に接種しました。
子どもたちは軽症で回復したそうです。
この軽度天然痘については、その後文献が無いので
研究対象にならなかったようです。
(追記)
別の記事ではエドワード・ジュニアは2歳以下の幼児だったと書かれていました。
ジェームズ・フィップス少年が8歳くらいだそうで混同しているのかも。
ジェンナーは牛痘の研究を続けていて
長男の出来事から8年くらいたって
ジェームズ・フィップス少年に牛痘から採取した予防法を試します。
これが、世界で最初のワクチンです。
ワクチンとは雌牛のラテン語に由来した造語です。
牛痘による天然痘ワクチンを接種されたフィップス少年に
今度は本物の天然痘を接種させましたが
発病せずにすみました。
フィップス少年は使用人の息子とも言われていますが
私の調べたところ
親のいない使用人という記載もあります。
(追記)また別の記事を見ると、
実験のために孤児院から引き取られた少年という説もありました。
種痘法をさらに試したいと思っていたジェンナーですが
その2年後に牛痘が手に入ったので
8人の子どもたちにワクチンを投与しています。
その中には生後11か月の次男ロバートもいました。
池上さんが「安全性が確認されてから自分の子どもにワクチンを打った」
と言っていたのは
ロバートのことを言っているのでしょうが
ニュアンスが違うのではないかと思います。
長男に天然痘ワクチンを接種しなかった理由は
もうすでに天然痘の抗体を持っていたからです。
フィップス少年に打った時には次男は産まれていませんでした。
そもそもロバートに打った時にも
世間的に安全性が確認されていたとは言い切れず実験段階でした。
それでも天然痘ワクチンは、人痘法に比べればはるかに安全な方法でした。
天然痘ワクチンが広く世間に受け入れられるには
相当な時間を要します。
後世のルイ・パスツールが頑張って
予防接種という概念を広めたおかげです。
(追記)ワクチンと命名したのもルイ・パスツールだそうです。
牛痘からできた天然痘ワクチンの成果を調べるために
比較対象として人痘法も同時に行っているそうですので
天然痘ワクチングループと人痘法グループとで
安全性に違いがあり、
もしかしたら人痘法の副作用で亡くなった子どもがいたかもしれません。
ジェンナーの実験には主に孤児院の子どもたちが採用されました。
上流階級しか受けられなかった人痘法を
孤児の子どもたちに試すことが悪いことだとも思えません。
孤児や貧しい人たちに
積極的に天然痘ワクチンを打っていたそうです。
人道的な意味か、研究なのか知りませんけれど。
ジェンナーの種痘法が広まるまでには
紆余曲折がありました。
中には「牛痘を摂取すると牛になる」と言って
嫌悪感を抱く人も多かったそうです。
そうこうしながらも天然痘ワクチンは全世界に広まり
世界から天然痘という病気は無くなり
1980年WHOが天然痘撲滅宣言を出しました。
天然痘は、人に感染する感染症としては
人類史上はじめて根絶に成功しましたし、
根絶できた唯一の感染症でもあります。
余談ですが、現在でも研究機関には天然痘ウイルスは保存されています。
余談その2。
ジェンナーの種痘法で使用されたウイルスは
天然痘ウイルスとも牛痘ウイルスとも違うことが判明しており
長い間議論されてきましたが、
2013年にゲノム解析でモンゴル地方に住む馬の馬痘とほぼ同じと判明しました。
つまり、牛痘ではなく牛に感染していた馬痘だったようです。
ジェンナー自身も牛の膝に感染した馬由来のものと考えていたそうです。
余談その3。
ジェンナーは鳥の生態にも精通していて
カッコウの托卵や鳥の渡り(それ以前は冬眠すると思われていた)などの
研究結果もあるそうです。
ということで、
ジェンナー先生の汚名返上、名誉回復に役立ったでしょうか?
自分の息子を大事にかばったのではなく
どちらかと言うと
研究のために自分の息子を実験に使用しているので
ジェンナーの妻の立場だったら
相当腹立たしい夫だと思いますが
研究者としては立派だと思います。
ネットなどでいろいろ調べて
まとめていますが、
図書館が開いたら
ジェンナー先生の伝記なども読んでみたいと思います。
でも、伝記の中にも間違った情報が載っているらしいです。
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